手積みの31ft

手積みさんのダラダラと。

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バイク遍歴 1

あまりにもネタがないので、久しぶりに手積みヒストリーシリーズ!

バイク遍歴でも、綴ってみようと思いヤス。
ヽ(´o`;

まずは、原チャリから。
高1のときに親が再婚、そのタイミングで宝くじ10万当る。よく憶えている。
俺は意外とどーでも良かったが(親父は絶対戻らんし、お袋も可哀想だから)、思春期のボクちゃんに気を遣ったのがよくわかる。
で、買ってくれたのが、

HONDA Dio 50 である。

乗り物好きの手積みちゃんにとって、エンジン付きは堪らなかった!
もーねぇー、どこまでも行ける…気がしたね。

次は、中免とってから。
すでに二輪において中免って言葉は、ないですよね?!

まわりの悪友たちが、どんどん乗り始める。
当時、フェリー埠頭、船館、裏船館などなど、今では考えられないくらい楽しい?スポットだった。
はじめは走り屋系にいきそうだったが、原チャリはあるし、夜遊びに夢中だったこともあり、オシャレにカネがまわってしまう。

しかしながら、キライではない。
むしろ、大好き。

で、次にバイクの波がくる頃、アメリカンとSRが流行る。
コレはオシャレだし、バイク好きにとっては一石二鳥だった。

もうSRで決めていた。
しかし、音という意味で四発が好み。

中免が取れる頃、ウワサの新車を偶然バイク屋で目撃!
一目惚れしてしまう…
しかも、四発!

まわりがアメカジ渋カジで、アメリカンやSRを乗り回す中、1人だけネイキッド!
(^_^;)

HONDA CB400SF である。

カッコ良かった。
まわりの友達もアメリカンからネイキッドに乗り換えたり、四発派も増えた。
この頃から第三京浜に興味を持つ。
このCBは、マフラーを三回交換したが、最初に付けたモリワキのショート管が音もスタイルも良かった。

マッドマックスなんかを見て感動した幼少時代。
次にバイクで萌え~となったのは、トップガンだった。

あのバイクに乗りたい…
その思いはドンドン大きくなる。
しかし、限定解除という大きな壁がある。

アメリカン組が、限定解除をしてハーレーに…ということになってきた。
しかし、ハードルは高い。

じゃ、俺もイッチョヤッテミッカ!
のノリで、三時間練習しに行ってみる。
波状路でエンスト、バイクぶっ倒したり、雨でボンヤリして一時停止を無視して外周に出て怒られたり。

そんなんなのに、予約した第一回目の試験がせまる。

バイクで鮫洲に行くと変なクセが出そうなので、アンパンかじりながら車で行く。
と、緊張したのかお腹がグルグル…。
(−_−;)ヤベー、出産間近…。

と、オイラの親友が試験を見にきた。
優しいヤツだなぁ ( ´▽`)

事前審査は、バッチリ!
センスタの練習したもんね。

さぁ、試験の始まり始まりぃ~!
鮫洲は、始めに課題がドッチャリ。
まず外周なんて出れんだろ…と思っていたら、なんとなくスルリスルリとこなし、試験官殿の外周に出ろ!のハンドサイン。

さっきのウン…で運が付いたか?!
どーせ受かんねぇーんだから、外周の練習しようと、大らかな気持ちで。

と、リラックスして走ってたら踏切まで来ちゃったよ。
受かんなくても完走したいなと。
無事完走!
やった!初めてで完走!

試験官殿が、お前オマケだな!といいながら紙をくれる。
オマケで完走させてくれたのか、そーだよね、課題で落ちるヤツがほとんどなんだから。

と、なんだこの紙は…

親友が走ってきた!
お前、合格じゃん!
みんな紙もらってねーぞっ!!
って、スンゴイ興奮してやってきた。

ウソッ?!
マジっ?!

パンパカパーン!
*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
やりました、手積みさん!
なんか知らんが、一回で合格してしまいヤした。

その日は、オイラ含めて三人合格。
一人は18回目だと言っていた。
もう一人は20回から数えてないといっていた。
150人くらいは、受験者がいたと思う。

このときから手積み手降ろし、なんか知らんが自信がついてきた…かな。

この頃、自慢チョーしたいが、しなかった。
一回で受かるわけないし、イヤミになるから。
ハタチを過ぎてから、あんときはさぁ~と武勇伝を語る感じに。

前置きが長くなったが、晴れて下町のトムクルーズの誕生である。

KAWASAKI GPZ900R である。

モチのロン、MA-1着たりG1着て乗りました。
第三京浜行くときは、革パンにライダース、ライダースの背中にはでっかいカワサキのグリーンのKマークをはっ付けて。
マフラーは、VANCE&HINES。
次に集合部をハラシタにしたく、そのとき新製品の月木アレーテボルテックスに。
しかし、重いのと静かなので、4-2-1のKERKERに。
取り回しはダサいが、一応中速域が出やすいのと、オイル交換が楽。
しかし飛ばしすぎなのか、サイレンサーが熱で穴あく。
もう、マフラーは最後よん!ということで、本命のテックサーフ、サイレンサーはカーボン!
キタ━━(*゚∀゚)っ━━!
コレで落ち着く。
Rホイールは二回交換。
17inchにしたく、リム幅はGSX-Rの4.5inchにして、その後流行りにのっかり、またRの5.5inchに。
アップハン、ルーバー、マスターシリンダーは両方とスイッチ、ホース、ハイスロ、シート加工、サス交換、車高調、Rブレーキまわり、シフトペダル、
あと何だっけ?
もうわからん (^_^;)
エンジンはカムが歪んだみたいで、一度OHする。
ボアアップはしなかったものの(直線番長なだけで、腕が無い)、ポート加工修正を行ない、スムーズな吹け上がりを体感。
軽い感じになった。

バイク便の仕事をやってた頃、たまに、このプライベート車両のニンジャを出すこともあり、先輩には漫画キリンのマサキみてぇーだと、よく言われた。
たしかに、見た目にイジッたニンジャで箱積んでるのは見かけなかったしね。
この先輩とは、今も年賀状のやり取りだけはしている。

さて、このご自慢のニンジャだが、手放してしまう。
そのとき付き合っていた彼女と別れる感じになったのだ。
フラれる…に近い別れだ。
好きなのに、サヨナラ。

バイクって、彼女みたいなものだと本気で思っていたあの頃。
イヤ、今もタイしてかわらんね (^_^;)

ニンジャにも飽きがきていたのだ。
大事に思えば思うほど、乗らなくなってしまう、面倒になってしまう。
ツライんだよね、こーいうの。

そのとき、気になるオニャノコがちょーどいたのだ!

彼女とニンジャに別れを告げ、新しい彼女とバイクに。

そのバイクが、

YAMAHA FZ750 である。

コイツを俺色に染めてやれ!
と思ったのだが、ニンジャが自分仕様で合いすぎていたためか、FZは合わなかった。
新しい彼女もSEXは良かったが、ソレだけだった…。

俺は、元のサヤに落ち着く。

しかしニンジャは、もういない…。


つづく ノシ
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  1. 2011/12/04(日) 10:49:30|
  2. 車、バイク
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

すげえ。限定解除してんだぁ。

とーちん、中免許とってまずZZ250。何年か経ったら解除しようかなぁと思ってました。


しかし、

半年くらいで、交差点から出てきた軽トラの横っ腹にズドン。軽トラの上空を飛んで全身打撲・・・。

数年後、真夜中の県道で横から出てきた軽四のこれまた横っ腹にズドン。気がついたらビョーインだった。

その後、「バイクに乗ったら別れる」と彼女(現妻)に宣告され、今に至る・・・。

現世ではもう乗れませんe-449
  1. 2011/12/04(日) 18:38:39 |
  2. URL |
  3. みやび #-
  4. [ 編集 ]

みやびさん
そう、オマケ免許でもなく、教習所でもなく。
一番厳しい世代だよね。

事故はねぇ、コワイね。
本当に危ない乗り物なんだという認識がなければね。
二回目の事故は、アブナイじゃないv-356

もうあなたは、乗っちゃダメよ。
ヽ(´o`;
手をケガしても、こまるしね。
  1. 2011/12/04(日) 19:00:51 |
  2. URL |
  3. 手積み #-
  4. [ 編集 ]

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